官能小説~女子的夜話~

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【第23話】雷雨 (前編)

2014.9.18

風呂から戻った植村は、広い畳の部屋の真ん中に布団が二つ並んでいるのを見て、卒倒しかけた。慌てて、片方の布団を寝室からテレビのある部屋に移動させた。


ライターの植村は、編集者と共に某県の小さな町へ取材に来ていた。その日のT地方は朝から強い風を伴う雨が続いていた。

取材と撮影を終え、満身創痍で駅にたどり着いたものの、改札前に「強風の影響により上下線とも運転を見合わせております」と書かれた立て看板が置かれていた。植村は絶句し、編集者の磯部は「うそぉ」と声を上げた。いつも綺麗にセットされている前髪が乱れ、毛先から水滴が垂れていた。

駅員室に問い合わせたが、山道が通行止めになっているため車も使えないとのことだった。さらに強くなっていく雨を眺め、途方に暮れていると、年老いた駅員が改札の窓から顔を出した。


「そこの旅館に電話してみたら、団体用の部屋が一部屋空いてるって。よかったねえ」



一部屋。植村と磯部は、顔を見合わせた。


廊下から足音がしたので、植村は慌てて座椅子に座り、テレビに集中しているふりをした。

浴衣姿の磯部が、ビールやおつまみの入ったビニール袋を片手に戻ってきた。風呂上がりの髪をまとめ、うなじが出ているせいか妙に色っぽい。

磯部はまだ若いが腕のいい編集者で、いくつもの人気企画や連載を担当している。仕事ができて、明るくて、しかも美人だ。俺のようなしょぼくれたおじさんが同じ部屋にいても、警戒どころか気にもならないのだろう、と植村は思った。


磯部はテレビのある部屋を、植村は寝室を使うことになった。「植村さんも飲みます?」と誘われたが、丁重にお断りした。植村は下戸なのだ。

資料に目を通しているうちに、23時近くになっていた。隣の部屋ではまだテレビをつけているようだったが、ザアッと窓に吹き付ける雨と雷鳴の音が大きすぎて、よく聞こえなかった。仕事を切り上げて、植村は早々と布団に入った。

取材を段取りよく進めていれば、電車が止まる前に帰れたのに。磯部さんに大変なご迷惑をかけてしまった。使えないおっさんだと思われていることだろう。布団の中でネガティブなことを考えるのが、植村の癖だった。自分の情けなさや、一日の疲れがこみ上げ、大きくため息をついた。


その時、窓から強い閃光が射し、地響きと共にドオン! と大きな衝撃音がした。同時に、視界が急に真っ暗になった。隣から「キャッ」と小さな叫び声が聞こえる。植村は布団から飛び起き、目が慣れてから柱に備え付けてあった懐中電灯を手探りで掴んだ。

隣の部屋を照らすと、磯部がビールの缶を片手に縮こまっていた。


「ああ、ビックリしたぁ」


いつも通りの明るい声なので、植村は安心した。


「落ちたみたいですね」

「そうですね。いつ復旧するのかな」

「あ、じゃあこの懐中電灯使って下さい。俺、どうせもう寝るんで」

「ええー。電気が点くまでこっちにいて下さいよ。広い部屋に1人じゃさすがに怖いです」


美人に「ここにいて」とお願いされるなんて、もう一生ないかもしれないと思った。植村は、恐る恐る正面の座椅子に座った。

暗い部屋の中、仕事のことやお互いのことをポツリポツリと話した。磯部が「今日は私がモタモタしたせいでこんなことになってしまって、申し訳ないです」と謝ったので、植村は恐縮してしまった。何度か仕事をしたが、個人的に話をしたのは初めてだった。

途中、旅館の仲居が各部屋に非常時用の小さな照明を配ってくれたおかげで、相手の表情を確認できるくらいの明るさになった。


雷鳴は、いつのまにか遠のいていた。

座椅子の上で体育座りしていた磯部が、膝を抱えてうつらうつらし始めたので、「布団で寝た方がいいですよ」と声をかけた。


「俺、しばらくここにいますから」

「…じゃあ、植村さんも一緒に寝ましょうよ」

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藍川じゅん

元ピンサロ嬢。アダルト誌にてコラム連載中。著書『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)が好評発売中。




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