官能小説~女子的夜話~

官能小説~女子的夜話~

【第19話】美しい人 (前編)

2014.7.17

私が家事代行として横山さんの家に伺うようになったのは、半年前のこと。

マネージャーと一緒に初回のご挨拶に伺った時、横山さんの奥様が長い廊下の奥から不機嫌そうな顔で現れ、必要最低限の指示だけ出すと、すぐに寝室へ戻ってしまいました。

冷たい感じの美人だな、というのが第一印象でした。

旦那様は海外出張中で、3LDKの高級マンションに奥様が独りで暮らしていました。前の担当者から引き継ぎの際、「横山さんちは要注意」と言われていた通り、家の中は毎週ひどい有様です。片づけても片づけても、一週間後にはゴミ屋敷に戻っていました。

ある日、寝室に入ると高級そうなドレスやワンピースがベッドの上に山盛りになり、床に酒の空き瓶が散らばっていました。

今日はまたずいぶんと荒れてるな…とため息をつき、ベッドの上のドレスに手を伸ばそうとした瞬間、

「ここは掃除しなくていいから」

急に女性の声がしたので、思わず「わぁっ」と声を上げてしまいました。

いつもにも増して不機嫌そうな奥様が、布団の中から私をギロリと睨みました。その両目には、うっすら涙が滲んでいました。

「あの、ご、ごめんなさい…全然気づかなくて…」

「…悪いんだけど、水持ってきてくれる?」

逃げるようにキッチンへ向かい、水とコップを用意して再び寝室へ戻ると、奥様はベッドから上半身だけ起こし、真っ赤な顔で鼻をかんでいました。セクシーな黒のシースルーのベビードールを着ていて、白い肌や色素の薄い小さな乳首が丸見えになっていました。

目のやり場に困りながら水を差し出すと、「ありがとう…」と小さくお礼を言って飲み干しました。いつも美しく若々しい奥様が、今日は憔悴しきっていました。

「あの、ほんとにすみませんでした…ノックもせず寝室に入ってしまって…」

「いいの、事前に今日は家にいるって伝えなかった私が悪いんだから」

曖昧に返事をすると、室内に気まずい沈黙が流れました。

「ねえ、今日掃除しなくていいから、その代わり手を握ってて」

「え、えっ…?」

私が声を上げても、奥様の表情は変わりませんでした。

「私、今すごく寂しいの、お願い。チップも渡すから。ほんのちょっとでいいから」

再びその両目に涙が浮かびます。いつも怒ったような顔をしているのは寂しいからなのだと気付き、憐れみの気持ちが沸きました。

彼女の細い手の甲に自らの手を重ねると、奥様は安心したように目を瞑り、小さく鼻を啜りました。しばらくするうちに、奥様は寝息を立て始めました。

その顔は一つ一つのパーツが嘘みたいに綺麗に整っていました。肌に年相応の皺やたるみもあるものの、それすらも彼女の魅力に貫禄を与えているのでした。

私は奥様の手の甲を優しく撫でながら、もっと近づきたいという衝動を抑えられずにいました。

頬をそっとなぞり、指先が唇に触れた瞬間、奥様がフッと目を開きました。

咄嗟に離れようとしましたが、奥様は繋いでいた手を引っ張り、私をベッドに引きこみます。

「きゃあ…っ!」

抵抗しようとしましたが、華奢な身体つきからは考えられない力で両手を抑えつけられ、無理矢理唇を奪われました。

「んんっ…んーっ…! 奥様、離して下さい…っ」

「ハァッ…、先に欲情したのは、あなたでしょ?」

「ちがっ…」

「この家、全ての部屋に監視カメラがついてるのよ」

私はハッと息を飲みました。

「洗濯場で私のパンツの匂い嗅ぎながらオナニーしてるとこ、ちゃんと映ってたわよ」

力をゆるめても私が抵抗しないことを確認すると、奥様は口元を怪しく歪ませました。

「なんでも言うこと聞いてくれるわね?」

こうして、私は美しい悪魔と契約してしまったのでした。

コラムの更新情報を受け取る
受け取る 受け取り停止
メールアドレス:

藍川じゅん

元ピンサロ嬢。アダルト誌にてコラム連載中。著書『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)が好評発売中。




バックナンバー