最近隣の部屋に越してきた男は、いかにもモテそうな風貌で、女をとっかえひっかえしていた。
夜になると、私はベッドの上に座って壁にもたれかかり、隣室からの音を待った。
鍵を差し込む音、ドアが開く音に続いて、複数の足音、話し声、何かを置く音がする。
女たちの声は毎回違う。よく笑う子や低い声で話す子、しゃくりあげて泣く子もいる。
2人の子が同時に来ることもあった。
何もないままく(聞こえないだけで、キスやペッティングくらいはしているかもしれない)帰っていく女ももちろん多い。
しかし、シャワーの音が長く続いたら、彼女たちは30分以内に必ず喘ぎ始める。
お湯の音を合図に、私はいそいそとオナニーの準備を始めるのだった。
ベッドが安物なのか、それともよっぽど激しいセックスをしているのか、スプリングのきしむ音が目立つ。
最後まで小さく「あっ…あっ…」しか言わない子や、悲鳴に近い声をあげる子もいて、喜びの表現はさまざまだ。
「やめて」「もうダメ」「死んじゃう」と止めに入る場合と
「もっと」「そこ、そこ」「奥がいい」と誘導する場合の違いも興味深い。
私は隣の男の激しいピストンを想像しながら自慰をした。
壁に耳をつけ、女の喘ぎ声に合わせてクリトリスをなぞり、指を穴に這わせて出し入れする。
ローターやバイブを使う時もある。広く汗ばんだ背中。乳房にしゃぶりつく唇。激しく打ち付ける腰と尻。低い呻き声。0.03ミリの袋に放出される精子。
そこまで想像して絶頂に達する。
そして、こんなことをしている自分が急に虚しくなり、布団をかぶって寝てしまうのだった。
ベッドの音が聞こえない時も、男に乱暴に犯される妄想でオナニーをした。
ある日曜の午後、隣室は珍しく静かだった。ベランダで洗濯物を干していると、チャイムが鳴った。
ドアの穴から覗くと、隣人が立っている。
私は強く動揺し、居留守を使おうと思ったが、好奇心を抑えられずにドアを少しだけ開けて顔をのぞかせた。
「はい?」
「302の岡本です」
隣人は柔らかい笑顔で言った。少しだけ無精髭が生えている。
私よりもずっと年下なのは明確だった。近くで見ると、思ったより背が高くて筋肉質だ。
「これ、よかったらどうぞ。実家から送られてきたんですけど、すごい量で」
と、男はゴーヤがたくさん詰まった紙袋を差し出した。
一瞬、その形状に怯んだが、お礼を言って受け取った。
「それで、あの、うち、友達が遊びに来ること多くて。音とかうるさくないですか」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
私は満面の笑みを作った。
うるさいことはうるさいが、それをオカズにしているので何の問題もなかった。
「それならよかったです。あと、よかったらこれも使って下さい」
そう言って差し出したのは、太くて長い真っ黒なバイブだった。
私は衝撃で体が凍りついた。その隙に隣人は半開きだったドアをこじ開け、室内に入って鍵を閉めた。
「鈴木さん、いつも壁際でオナニーしてますよね? 音聞こえてますよ」
さっきまでの人懐こい表情は消え、鋭い目つきになっている。
「何言っ…」
とっさに身を引こうとしたが、大きな手が素早く私の両手首を掴み、体を引き寄せて後ろから羽交い締めにした。
「ちょっ、やめて下さい…っ」
隣人は、低い声で私の耳元で囁いた。
「イク時、俺の名前叫んでますよね?」
ドクン、と全身に衝撃が走る。私が彼の動向を盗み聞きしていたように、彼もまた私の声を聞いていたのだ。
「ちが…っ」
「俺のこと想像しながらま●こかき回してるんでしょ? 俺そういうのすごい興奮するんですよ」
「やめて!」
首筋にキスしながら片手で私の両手首を掴み、もう片方の手で乳房をに乱暴に揉みしだいた。
強い力でねじ伏せられ、怖かった。でも…
藍川じゅん
元ピンサロ嬢。アダルト誌にてコラム連載中。著書『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)が好評発売中。