眠りに落ちる寸前の、まどろみの中にいた。
まぶたが重く張り付き、体も動かせない。
ああ、僕はもうすぐ寝るんだなと、なんとなく思う。
ベッドがギシと軋んで、体がわずかに沈む。
誰かがベッドに腰掛けたのだとわかる。その手が頬や髪に触れた。
指先でツウと輪郭をなぞったり、耳の後ろを撫でたり、温かくて気持ちいい。
でも、今は眠くて反応できない。
一瞬、唇に柔らかな感触があった。
「ねえ、まだ寝てるの? もう一回しようよ」
目を半分だけ開けてみると、エマさんが悪魔みたいな笑顔で僕の顔を覗き込んでいるのがわかった。
視界が光の渦に溢れ、痛いくらいだ。
手の甲で目を覆い、背中を向けて寝返りを打つ。
「冷たいな~男っていつもそうだね」
「誰のせいで疲れきってると思ってるんですか」
僕は頭から布団をかぶった。
エマさんは、僕が通う小さなバーで働いている。
美人で、優しくて、いやらしい、年上の女性だ。
閉店後の店内でセックスして以来、僕らはたびたび会っては体を重ねた。
エマさんの部屋に行くことが増えたが、今でもたまに閉店後の店内でセックスしてしまう。
エマさんは酒が入ると淫乱になるタイプで、家に帰るまで我慢できないのだ。
「お酒と男で何度も嫌な思いしたのに、やっぱり大好きだからやめられないんだよね」
ビールをグビグビあおりながら、エマさんは楽しそうに笑っていた。
なんでこんな女好きになっちゃったんだろう、と自分でも思う。
布団をかぶって固く目をつぶる僕の上に、エマさんが覆いかぶさった。
「ねえ、斉藤くん、舐めさせてよー」
と、しつこく駄々をこねる。
少しでも勃起すると、すぐに挿れたがるので、正直クタクタだ。
あまりにもうるさいので「えーい!」と一気に起き上がり、反動でひっくり返ったエマさんを上から抑え込んだ。
「じゃあ、僕のペースでやらせてもらいますよ」
「君のっ…んっ」
口を塞いでゆっくりゆっくりと舌を動かし、丁寧に唇を舐める。
エマさんの唾液を味わうように音を立てて吸いついた。
「ふっ、んん…」
アルコールが入った時みたいに、目の周りがほんのり赤くなり、腰が少し浮いた。
エマさんの発情の合図を見て見ぬ振りをして、僕はしつこく首や鎖骨や脇にキスをする。
「はぁっ、斉藤く…」
髪を撫でたり手を握ったりするだけで、体には触れないよう注意を払う。
エマさんは、何度もキスを求めた。
「んっ…ん、ふぁっ…なんで触ってくれないのぉ」
「エマさんがいつもすぐ挿れちゃうからですよ」
「たまには焦らしますからね」
「やだあ、我慢できないよ」
「でも、僕、エマさんとちゃんと抱き合ってみたいんです」
目を見据え素直に伝えると、エマさんは恥ずかしそうに俯いた。
いつも明るくてわがままなエマさんが、僕よりもずっと年下みたいに見えた。
肌と肌を合わせ、お互いの首、背中、腕、腰、お腹、太ももを撫でる。
たまにささやき合うように会話して、ゆっくりキスをする。
「はぁっ…やああっ」
途中、堪えきれなくなって股間を擦り付けようとしたり、僕の性器に触れようとしたが、その手をそっと掴んで拒んだ。
直接的な刺激は、なるべく避けたかった。
どこを触ると、どんな顔をして、どんな声がでるのか、もっと知りたい。
1時間近く柔らかな愛撫を続けているうちに、エマさんはとうとう涙目になってしまった。
常に濡れやすく、すぐに挿入したがる彼女にとっては生殺しの拷問のようだったに違いない。
「はぁっ、やだあっ…。斉藤くん…お願い、もう、もう挿れて…。あそこがジンジンするのぉ」
頬にキスすると、それだけでビクッと反応するくらい、彼女の体は敏感になっていた。
触らなくても、ズブズブにぬかるんでいることは想像がつく。
僕も、長く焦らし過ぎたせいではちきれそうになっていた。
「待たせてすみません…なるべくゆっくり動きますね」
コンドームをつけ、亀頭の先を充血した肉襞に近づける。
熱がこもっていて、湯気が出そうだ。
ヌチュッヌチュッ、と擦り付けるだけで、エマさんは「ひっ…あぁっ」体を震わせていた。
藍川じゅん
元ピンサロ嬢。アダルト誌にてコラム連載中。著書『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)が好評発売中。