官能小説~女子的夜話~

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【第1話】退屈な雨(前編)

2013.10.1

駅の柱にもたれ、滝のような雨を
眺めるしかなかった。
構内では落雷による電車の遅れや運転の見合わせを知らせるアナウンスがしきりに流れている。抑揚のない声が「お忙しい中大変申し訳ございません」と繰り返した。
早めに会社をあがったが、すでに電車は止まり、バスとタクシーには長蛇の列ができていた。駅前の喫茶店は帰宅難民で溢れかえっている。会社から駅までの数百メートルを歩いただけで、足もとがぐずぐずになって不愉快だった。携帯電話に向かってどなり声をあげている中年男性の声が聞こえる。執拗な湿気が改札前の疲れた会社員たちを神経質にさせていた。
金曜なのについてないな、と思う。別に何の予定もないけど。平日でも週末でも、予定があってもなくても、毎日退屈なことに変わりはなかった。最近は誰といても何をしてもつまらない。

ずぶ濡れのサラリーマンが、視界に飛び込んできた。
その男はひどく息を切らしていた。振り返って雨空を見上げ、今自分がこの中を走ってきたのが信じられないといった具合に「うわー…」と小さく声をあげた。さらに運転見合わせの表示を見て「ええー」と苦笑した。男の前髪から滴が絶え間なく垂れている。
その様子がなんだかおかしかったし、帰れなくなった者同士の不思議な連帯感もあって、カバンの中のミニタオルを男に差し出した。
男はビックリしてしばらく目を泳がせたが、すぐ伏し目がちになって「すみません、ありがとうございます」とタオルを受け取った。

「あ…顔ふいちゃっていいですか?」

「あ、どうぞ」

「すみません、洗って返します」

「いえ、気にしないで使って下さい」

電光掲示板を眺めながら、ポツリポツリと会話した。雨が少し弱まってきたので、そろそろ電車も動き出すだろう。男は、いつも必ずカバンの奥に入れておくはずの折りたたみ傘を今日に限って忘れてしまったのだと言った。

「ほんと、今日はついてねえなあ」

男がかすれた声で呟く。反射的に、

「もし時間あったら、今から飲みに行きませんか」

と言ってしまった。男は声を出さず、顔だけでビックリした。

「え、いいですけど、いいんですか」

「どうせしばらく帰れないし暇だしと思って…すみません、変なこと言って」

「あっいえ、僕は全然大丈夫です。何にも予定ないんで。こんなずぶ濡れが相手でよかったら…」

男が照れ臭そうに笑う。さっき苦笑いした時もそう感じたけど、やっぱり「この人なんか素敵だな」と思った。
唐突に訪れた非日常に、興奮している自分に気付いた。
今日はきっとついてる、と思った。

駅前の安いバーは、帰宅を諦めて開き直った人たちで溢れかえっていた。
フロアの立ち飲み席で乾杯してから、遅い自己紹介をした。男は27歳のエンジニアだという。自分は不動産会社の経理をしていると言った。

「すみません、急に無理なお誘いしてしまって」

「いや、ほんとに暇だったんです。むしろありがたいです」

男の白いシャツがまだ湿っている。雨に濡れた髪が間接照明を浴びて艶々していた。
普段よりも酒のペースが早くなり、初対面の男相手に普段誰にも言わないような愚痴まで打ち明けた。無愛想なせいで会社の人たちから陰で「能面ちゃん」と呼ばれているのだと言うと、男は爆笑した。男は深刻な顔をしないしリアクションが大きいので話しやすかった。
気がつけばだいぶ時間が経っていて、妙に開放的な気持ちになっていた。目の前の男にもっと近づきたかった。
どさくさにまぎれて小さなテーブルの下で手を握る。男は一瞬気まずそうに視線を外したが、静かに手を握り返してきた。指先で手の甲をなぞると、ピクと反応があって、やがて指を絡め合った。
普段なら、絶対こんなことしないのに。知らない男にタオルを差し出したり、飲みに誘ったり、手を握ったり、今日は少し変だ。でも身体の芯がジンジンして止められない。大きな目をキョロキョロさせて困惑する男は、年上なのにひどく可愛らしく見えたし、もっとドギマギさせたかった。

店の外に出ると、雨があがって雲間からわずかに星が見えた。生ぬるい風が心地よい。腕を絡めるようにして手をつなぎ、人通りの少ない路地の陰でキスを求めた。男の息が荒く舌の動きが激しくなる。まだ少し湿った服の上から身体を指でなぞり、股間へと手を滑り込ませると、男は「おわっ、ちょ…っ」っと情けない声をあげた。

「すごい…こんなに硬くなってる」

服の上から手で上下にこすると、男は苦しそうに小さく呻いた。もたれていた雑居ビルの脇のドアをあけると、非常階段へと続いているようだった。男を招き入れ、再び激しく舌を絡ませた。キスしながら、ズボンのチャックを下げて下着の切れ込みに手を突っ込み、怒張したペニスを引っ張り出す。狭い場所から解放されたペニスが勢いよく上を向いた。

「人が、来たら…」

男は息も絶え絶えに言ったが、制する手に力が入っていなかった。
何故こんな大胆なことをしているのか、自分でもわからない。しかし、男が吐息を漏らすたびに、身体が熱くなって我慢できなかった。
飛び出したペニスに夢中でしゃぶりついた。その時、はっきりとり「楽しい」と感じた。 本当はずっとこういうことがしたかったのかもしれなかった。

藍川じゅん

元ピンサロ嬢。アダルト誌にてコラム連載中。著書『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)が好評発売中。




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