いつもは必ず断っていた二次会のカラオケに、強制参加させられた。
社員の先輩に「今日女性少ないからお願い!」と手を引っ張られ、断る余地がなかった。
私のような陰気臭い女がいては、場の空気が悪くなってしまうのではないかと危惧したが、カラオケは無事に盛り上がった。
私はドリンクの注文係に徹し、なんとか数時間をやり過ごした。
深夜1時近くにやっと解散となり、三次会へ向かう男性数名以外は、数台のタクシーに分かれた。
個人タクシーに乗り込み、運転手に行き先を告げると、営業部の大島課長が、
「あっ、そのタクシー板橋方面? 俺も乗せて!」と叫んで、座席に滑り込んできた。
「ごめんごめん、牧野ちゃんも同じ方向だって聞いたから」
大島課長は明るく笑った。課長はノリが良く仕事もできるので社内で人気者だ。
私のような地味な派遣の事務員は、遠くから眺めるだけで話す機会もなかった。
「珍しいね、牧野ちゃんがこんな時間までいるなんて。いつも一次会で帰っちゃうよね」
「あっ、は、はい、カラオケ、苦手なんで」
「そっかー。でもえらいよね。みんなのドリンクに気を配って注文してくれて」
見られてたんだ。と思うと顔がカッと熱くなる。
しかし、気配りしていたのは私よりもむしろ大島課長の方で、盛り上げたりビールをついだりしてほとんど動き回っていた。
「カラオケ苦痛じゃなかった? 遅くまで付き合わせちゃってなんか悪かったね」
顔を覗きこまれ、ますます挙動不審になる。
優しいし顔もいい。さぞモテるのだろう。
女性社員から「遊びで付き合うなら大島さんがいい」と人気な一方、「結婚したら浮気しそう」とも評されている。
明治通りを北に進み、大きな交差点に差し掛かるころ、大島課長が窓の外を見ながらふいに呟いた。
「俺、やっぱり池袋で降りようかな」
理由を聞いていいのか分からずチラと覗き見すると、課長はそれに気づいて苦笑した。
「あ、なんか飲み足んないから、ちょっと飲んでから帰ろうと思ってさ」
「……」
私も行きたい、と喉まで出かかったが言えなかった。
飲み足りないというのは口実で、
実は私と同じタクシーに乗っているのが耐えられないだけかもしれないからだ。
「もし時間まだ大丈夫なら、牧野ちゃんも一緒に飲む?」
「えっ」
思いがけない言葉に、体が固まった。「私なんかでよければ」の一言が、詰まってしまってなかなか言えなかった。
その後、雰囲気のいいダイニングバーで乾杯をして、よく笑いよく話したのは覚えている。
しかし、何を話したかのか、どのくらい飲んだのか、いつどうやって移動したのかも分からない。
ひどい二日酔いも、記憶をなくすまで泥酔したのも初めてだった。
さらに言うなら、目が覚めたとき隣で男が寝ていたのも、生まれて初めてだった。
横で寝息を立てているのは、紛れもなく大島課長だ。
ラブホテルの床に、私と課長の服が散乱していた。私は全身の血の気が引いていくのを感じた。
この状況は何だ。
とにかく服を着なければと布団から飛び出そうとすると、寝ていたはずの大島課長が私の腕を掴んだ。
寝ぼけた様子で「おはよう」と言うと、そのまま腕をグイと引っ張って抱き寄せ、私の胸に顔を埋めた。
目を閉じたまま、赤ん坊のように私の乳房に吸い付いた。
「やっ、お、大島さん、あのっ」
柔らかな唇で乳頭を刺激されるのがくすぐったくて、身をよじらせた。
大島課長は両手で乳房を揉んだり、軽く指先でつまんだりしながら、勃起した乳首を優しく舐め続けた。
もともと男性経験が少なく、前戯の短い人ばかりだったので、こんな風に乳房を長く攻められるのは初めてだった。
「ああっ、待って、そんなにそこばっかり舐めちゃ」
私の声が甘くなると、大島課長の目が開き、悪戯っぽく笑った。
「ゆうべは自分から舐めてって言ってたよ。ここ好きなんでしょう?」
「え、嘘…そんなこと」
言うはずがない。でも、確かに身体は恥ずかしいくらいにビクビクと反応し、高まっていた。
私は腰を浮かし、自分の陰毛に手を伸ばしていた。
藍川じゅん
元ピンサロ嬢。アダルト誌にてコラム連載中。著書『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)が好評発売中。